妊娠から出産までの奇跡の物語 その1

「子供を授かるって本当に奇跡だと思いました。。」

このサイトを作ろうとおもったきっかけを体験談をまじえてお伝えしていきます。

私が結婚したのが34歳の時でした。10年も付き合ってながらお互い仕事に夢中になっていたので、結婚するまでに時間がかかり、結婚したはいいものの、子作りの事は後回しになってしまった私たち。職場も女性が活躍する会社のなかで働いていたので、同業者の友人や職場の人間も未婚が多く結婚や出産はしたいと思っていながらも目の前のやるべき事で精一杯な環境で過ごしていたのが現状です。

そんな中、ある昼休みにスタッフの一人が、結婚したけど、なかなか妊娠出来ないと話していました。ある日心配になって、産婦人科で検査してもらったらしく、なんと!旦那さんに原因があり、子供ができにくい状況になっていた事を話してくれた。アッコも将来的に子供ほしいなら、一度調べてみるといいよ!ってアドバイスをもらい、結婚してからは子供が欲しいと思っていながらも、いつかできるでしょ!って軽い気持ちでいました。

子供ができたら産休でも取って子育てしたいな〜って願望はありました。でも、なかなか出来ないのも事実。恐る恐る試しに検査してみようと思い、産婦人科へ検査しにいきました。

そこで衝撃な事実がわかったのです。

検査結果は悲惨なものでした

検査結果を聞いてゾッとしました。

なんと私の卵巣年齢は50歳近くなっていたのです。
(当時35歳)

『えっ….」

あまりのショックでよく理解できませんでしたが、妊娠出来る確率は低く、がんばったからといって卵の年齢が若くなるとこはないと衝撃の事実を先生から告げられました。

「ど、どうしよう」

「もう産めないのかな?」

急に不安ばかりが頭をよぎりましたが、夫に相談し、奇跡を信じて不妊治療をする事を心に決めました。

日々の仕事もハードで終電で帰る日がほとんど。休みもほとんどなし。精神も肉体も疲れがピーク。そんな中、仕事の昼休みをずらして病院にいったり、たまにある休みの日も朝から病院。それはもう必死でした。だって時間がないんだもん。

出産できる可能性は、年齢はもちろん、人それぞれ体調の良し悪しによって産める確率も変わってくるということを改めて実感しました。事実を受け入れ不妊治療をスタートさせました。

いろいろと調べた結果、いきなり体外受精は抵抗があったので、人工授精からスタートしようと夫婦で決意。

ショックな出来事

そんな中、生理がこなくなったのです。ま、まさか。。。

卵巣年齢は50歳近いって言われてから生理が止まってしまうんじゃないかと思っていたので、とうとうその日が来てしまったかと
ショックで誰にも言えませんでした。

次回 その2に続きます。。